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仏教とお布施の不幸な関係。お布施にすっきりしない理由は何か?

仏教とお布施の不幸な関係

お布施にすっきりしない理由は何か?




制度疲労している檀家制度に由来するお布施のシステム



カルト以外の伝統仏教にあっても、

常に宗教とお金の問題が存在する。


つまり、

お布施や戒名料などで、葬祭に関する場面でお金の問題が繰り返されている。


公益財団法人全日本仏教会が、大和証券株式会社と共同で調査した「仏教に関する実態把握調査(2021年度)報告書」を昨年12月に発表したが、

その中に、お布施の納得度に関する調査があり、

それによると

「あまり納得感がない」「納得感がない」と回答しているのは、

それぞれ34.5%、11.1%であり、この2つを合計すると45.6%となるらしい。


不思議なことに、

世間ではお布施の額に不満はあるが檀家としての関係を続ける、あるいは仏式の葬祭を行う。


この不幸な関係が、寺と檀家等の間の問題である。


お布施とは、

「出家修行者、仏教教団、貧窮者などに財物その他を施し与えること」(『仏教辞典』岩波書店)をいう。

僧侶やお寺、あるいは貧しい人に、何かしらの施しを与えることである。

つまり、それは寄付であってその額は差し出す人の気持ち次第だ。


ところが現実のお布施は、葬儀などの宗教的行為をしてもらった報酬である。


お布施の金額が「お気持ちでどうぞ」で通用していた時代は過去のものだろう(仏教の教義上の意味は別)。


お布施に納得できない根本の理由は、

仏教や寺院、僧侶が、

本来の、人を救済するという宗教的活動を行わず、挙句に葬式仏教(葬儀・成仏請負業者)にあくせくするという有り様から、彼らの社会的根源的存在意義が低下し、

人の心や地域社会に溶け込んでいないにもかかわらず、

僧侶という権威に拘り、

檀家制度などの今や通用しないシステムがいまだに残っていることによる。


お布施を喜んでしてもらえるよう、仏教界の改革は必須である。


要するに、檀家や市民との関係が希薄なのである。



終活・相続・葬祭「法務」 行政書士鈴木俊行 葬儀葬祭法務特捜部

東京都杉並区阿佐谷 杉並区役所隣り






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